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人生の師 ご冥福を祈ります

人生の師 ご冥福を祈ります

 学生時代 家庭教師をしていた。
二人兄弟の高校生のお兄ちゃんの方を何年間か教えた
時には、高校受験間近の妹も教えた。。私は、理系だから、数学、英語、物理、化学とか教えていたと思う。
地方からでてきてアパート住まいの私には、家庭教師に行くのは、アルバイトというよりは、家庭に触れる楽しみでもあった。そのおうちのお父さんもお母さんも、すばらしい方々で、勉強した後、食事をしながら、いろんなお話を伺った。今でも、思い出すのは、お父さんと夕食後話していたら、お父さんが、○○さん、なんで学問をすると思うと、尋ねられた。きっと19歳の僕は、「真理を知ることができるから」と答えたと思う。そのお父さんは、「僕は、こう思うんだ。学問は、美しいものを美しいと感じる力を養うためにするんだと思うと言われた。ちょっと青いけどね」と笑いながら。

 もう何十年も前だけど、すぐに浮かんでくるのが、そのときの会話です。それ以来、僕もまた、そういう美しいものを美しいと感じられるようになれたらとずっと思って生きてきたが、少しもできない。きっと、それは、今の僕の人生の目標になっていると思う。

 そして、もう一つ思うこと。
おかあさんも、いつもにこにこしていて、ご主人とは、会社で恋愛結婚だと言われていた。僕もこんな素敵な家庭を作りたいと、学生時代から、思っていた。そして、お父さんは、いつしか、「私の人生の師」と思うようになった。そして、ずっと、何らかのつながりがあっておつきあいが続いていた。

 先ほど、「もしもしと○○ですけど、」突然電話を、妹さんのほうからいただいた。家人が受けた。きっとといわれて電話を渡された。やはり、そうでした。お父さんが、なくなったと。もうお会いしたのは、本当10年以上前だから、ご無沙汰もわびなくちゃいけないと思う。父がなくなったときもそうだが、あれをしてあげればよかったと思ったときには、もうすでにこの世にはいない。そして、私の人生に 一番大きな影響を与えた師にも 何もしてあげれなかった。ごめんなさいと思う。



  19歳 地方から 東京へ
  東京で あった 素敵な家族
  東京であった  素敵で 純で 青い親父
  いつの間にか  好きになった 青い青い師
  家庭教師しながら
  家庭教師されていたなと
  未だに思う

  忙しいはずの彼は
  家庭教師に伺ったときは いつも
  一緒に 食事をしていた
  今になってみれば
  忙しい中 一緒に お話ししてくれるために
  早めに 帰ってきてくれたと思う

  その彼が 昨日 亡くなった
  感謝したいと思う
  人生の師に


 追伸
今日告別式に行ってきました。お兄ちゃん、妹さん家族とご挨拶。アルバムを持ってきてくれ、しばらく、眺めていると涙が出る。お顔をみさせていただいてまた涙。お母さんにお会いしてまた涙と、涙ぽろくなちゃってと言い訳して、涙。涙は、なぜ出るんだろう。1年分の涙を流した感じ。今日は会社を休んで告別式に出たわけですが。会社の先輩が、メールをよこし、「義」と「理」ではなく、「人情」で人はおつきあいすべきだよねと。「義理人情」でなく「義」と「理」と「人情」とでくぎってみせてくれたその先輩のお言葉に、また感じ入るものがあった。
  

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